FP1級実技対策ノート⑯個人版事業承継税制
こんにちは中小企業診断士のししまるです。今日はFP1級実技対策ノート16回。個人版事業承継税制のお話です。
目次
個人版事業承継税制の背景
中小企業の事業承継が喫緊の課題となっている中で、平成30年度税制改正において、法人版事業承継税制の特例措置が10年間の期限付きで創設されました。法人版事業承継税制の特例措置は中小企業法人の事業承継において極めて有効な制度となっていますが、個人事業主には活用できない制度であったことから、その点を補完すべく、令和元年度税制改正で、個人事業者の事業承継を促進すべく個人版事業承継税制が創設されました。
個人版事業承継税制の概要
個人版事業承継税制は、青色申告に係る事業(不動産貸付事業等を除く。)の後継者が、円滑化法の認定を受けた場合、個人の事業用資産を贈与又は相続等により取得した場合、その事業用資産に係る贈与税・相続税について、一定の要件のもと、その納税を猶予・免除される制度です。
個人版事業承継税制の主な要件
(共通事項)
要件の対象 | 主な要件 |
特定事業用資産 | 先代事業者(贈与者・被相続人)の事業の用に供されていた次の資産で、贈与又は相続等の日の属する年の前年分の事業所得に係る青色申告書の貸借対照表に計上されていたものをいいます。 ① 宅地等(400㎡まで) ② 建物(床面積800㎡まで) ③ ②以外の減価償却資産で次のもの ・ 固定資産税の課税対象とされているもの ・ 自動車税・軽自動車税の営業用の標準税率が適用されるもの ・ その他一定のもの(貨物運送用など一定の自動車、乳牛・果樹等の生物、特許権等の 無形固定資産) |
後継者 | 【贈与時】 ⑴ 贈与の日において20歳以上であること ⑵ 円滑化法の認定を受けていること ⑶ 贈与の日まで引き続き3年以上にわたり、特定事業用資産に係る事業(同種・類似の事業等を含みます。)に従事していたこと ⑷ 贈与税の申告期限において開業届出書を提出し、青色申告の承認を受けていること 【相続時】 ⑴ 円滑化法の認定を受けていること ⑵ 相続開始の直前において特定事業用資産に係る事業(同種・類似の事業等を含みます。)に従事していたこと(先代事業者等が60歳未満で死亡した場合を除きます。) ⑶ 相続税の申告期限において開業届出書を提出し、青色申告の承認を受けていること(見込みを含みます。) |
先代経営者 | ⑴ 贈与者・被相続人が先代事業者である場合 ① 廃業届出書を提出していること又は贈与税の申告期限までに提出する見込みであること【贈与時】 ② 贈与・相続の日の属する年、その前年及びその前々年の確定申告書を青色申告書により提出していること ⑵ 贈与者・被相続人が先代事業者以外の場合 ① 先代事業者の贈与又は相続開始の直前において、先代事業者と生計を一にする親族であること ② 先代事業者からの贈与又は相続後に特定事業用資産の贈与をしていること【贈与時】 ② 先代事業者からの贈与又は相続後に開始した相続に係る被相続人であること【相続時】 |
担保提供義務 | 納税が猶予される贈与税額及び利子税の額に見合う担保を税務署に提供する必要があります。 |
個人版事業承継税制 | 法人版事業承継税制(特例措置) | |
適用期限 | 2019年4月1日~2028年3月31日 | 2018年4月1日~2027年3月31日 |
対象資産 | 土地、建物、償却資産 | 非上場株式 |
猶予割合 | 100% | 100% |
承継パターン | 1人が事業用の全資産を承継 | 複数の株主から最大3人の後継者 |
雇用確保要件 | なし | 弾力化 |
事業継続が困難になった場合の免除 | なし。猶予税額を納付 | 譲渡対価の額等に基づき再計算した猶予税額を納め、従前の猶予税額との差額を免除 |
相続時精算課税制度の適用 | 60歳以上の者から 20歳以上の者への贈与 | 60歳以上の者から 20歳以上の者への贈与 |
事前の計画策定等 | 2024年3月31日までに個人事業承継計画を提出 | 2023年3月31日までに特例承認計画を提出 |
個人版事業承継税制にかかる留意点
個人版事業承継税制は小規模宅地等の特例の特定事業用宅地とは選択制となります。個人版事業承継税制を活用した場合、特定事業用宅地の小規模宅地等の特例は利用できなくなることから、どちらの制度がより有利な選択となるかは事前に十分な検討が必要です。
個人版事業承継税制のメリットとデメリット
個人版事業承継税制のメリットとデメリットは下記の通りです。
メリット
・制度適用を完遂すると相続税や贈与税が全額免除される。
デメリット
・制度が複雑であり、申請、届出等の事務負担が煩雑。
・承継事業の廃業、特定事業用資産を譲渡した場合等の一定の事由に該当した場合、猶予されている税額を利子税を加算し納付する必要がある。
・個人版事業承継税制を活用した場合、特定事業用宅地にかかる小規模宅地等の特例の適用を受けることができない。
まとめ
個人版事業承継税制は法人版事業承継税制と同じく、制度を完遂できれば、贈与・相続にかかる税額が全額免除される非常に強力な制度です。半面、制度が複雑で、事務負担が大きく、廃業時に猶予されていた税額を全額納めないといけないという大きなリスクが残存します。
相続税の見込み額が比較的少額で、小規模宅地等の特例等他の制度の活用により、税負担を回避できる場合は、まずは小規模宅地等の特例を優先して検討すべきです。また、事業規模が一定以上の場合は法人成を行った方が、スムーズな事業承継が可能となります。
一方、病院、農業等土地以外の事業用資産が高額で、かつ法人化することが困難な事業については本制度の活用は有力な選択肢となります。